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前橋地方裁判所 昭和23年(行)11号 判決

原告 斎藤喜八郎

被告 群馬県農地委員会

一、主  文

別紙目録記載の農地につき、原告が横野村農地委員会の定めた農地賣渡計画に対して爲した訴願を、被告が昭和二十三年二月二十七日棄却した裁決は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨

主文同旨

三、事  実

原告訴訟代理人はその請求の原因として、訴外斎藤熊重は群馬郡白郷井村に居住する訴外生方惣作所有の別紙目録記載の農地を昭和十七年九月中生方惣作から三ケ年の期間を定めて賃借小作し、昭和十七、十八、十九年の三年度麦を、昭和十八、十九、二十年の三年度稻を耕作し、契約期間が満了した際應召中であつた惣作の息子も帰還したので、昭和二十年九月三日に熊重は該農地を惣作に返還し、熊重自らその旨を当時の農事実行組合長斎藤太吉に届け出で(その当時の法規では届出、通知だけで足り、農地委員会の承認を得る必要はなかつた)、同組合長はこれを受理して耕作台帳から削除し、爾後同組合は熊重に対し麦の作付割当をしない。右農地は一毛田で大体麦の耕作に適せず、その内の僅少部分が麦の蒔付を爲し得るだけなので、地主惣作は前記の如く熊重より返還を受けた後、麦の蒔付をせず放つておいたところ、惣作が他村に居住し監督の目が届かなかつたのを幸として、熊重は一旦返還した右農地の一部分に無断で昭和二十年十月頃麦を蒔き付け、翌昭和二十一年五月頃麦刈取まで耕作した。これはいわゆる盜み小作であつて正当な小作ではない。原告は該農地を昭和二十一年五月頃から所有者生方惣作と共同で耕作し、同年十月これを惣作から賃借小作し、爾後引き続き耕作しておつたものであり、横野村農地委員会も原告が小作人であることを認め、該地の買收計画を樹立せんとするに当り昭和二十二年二月下旬原告に指示して該農地の借地申告書を被告宛に提出せしめた程である。横野村農地委員会は、別紙目録記載の農地につき、昭和二十二年三月六日不在地主の所有する小作地として買收計画を定め、翌七日より同月十六日迄十日間横野村役場に於て公告縱覧に供した。斎藤熊重は同年四月中同年三月十三日附の書面で該農地を遡及買收されたき旨同農地委員会に請求したのであるが、是より先同年三月三十一日に開催せられた被告委員会に於て右買收計画が承認せられ、同日附を以て右土地は買收せられた。その買收の時期は昭和二十二年三月三十一日である。從つて自作農創設特別措置法第十六條の規定に依り右土地はその買收の時期に於て小作人であり自作農として農業に精進しつゝある原告に賣渡さるべきものであるから、原告は同年八月二十九日横野村農地委員会に対して買受の申込をした。然るに同委員会は昭和二十三年一月十日右買收農地を斎藤熊重に賣り渡す計画を定めたので、原告はこれに対し同月十五日異議の申立をし、同委員会は同月二十二日これを却下した。原告は更に同月二十九日被告に訴願したところ、被告は同年二月二十七日「訴願人(原告)の爲した訴願の申立は相立たない」との裁決を爲し、その裁決書は同年四月七日原告に送付された。その裁決の理由とするところは、訴外斎藤熊重は所有者生方惣作より該農地を賃借し、昭和二十一年春まで耕作していたところ、惣作は長男と二男が復員したのを口実に自作すると称して、正規の手続を経ないで引き上げ、その後原告との共同耕作を裝い、買收を免れようとしたが、買收が決定されると、今度はその甥の原告に賣り渡されるよう同人に小作させた。これは親族間において農地を温存しようとする手段であると認められるし、また、原告は一町一反九歩の自作地と三反五畝歩の貸付地とを所有しているが、斎藤熊重は三反八畝九歩を自作し四反一畝歩を小作しておるだけである点を考えると、自作農創設特別措置法第十六條及び同法施行令第十七條第一項第一号の規定により、昭和二十年十一月二十三日現在に遡及して、当時の小作人である斎藤熊重に賣り渡すのが相当であるから、この趣旨によつて前記横野村農地委員会が立てた賣渡計画は適法であるというにある。しかし右賣渡計画は前述の如く自作農創設特別措置法第十六條の規定に違背するのみならず、斎藤熊重は昭和二十年十一月二十三日現在小作人ではなかつたから、同人に賣渡の計画を定めたのは違法であるし、同様に右事実を認めて原告の訴願を棄却した被告の裁決も亦違法である。要するに、本件農地の買收は所謂遡及買收ではないから該農地を賣り渡さるべき者は買收の時期に於ける小作人であつた原告であるから、斎藤熊重に賣り渡す趣旨の被告の裁決は取り消さるべきものであると陳述し、被告の主張に対し、原告が他村に居住していたのは四、五年間に過ぎない。その他は軍隊生活をしていたので、それを併せるとすれば十数年間になる。なお、原告の農地耕作状況が良好でないという点は否認する。原告とその妻が横野村に轉入した日時、原告の現在の自作反別、その大部分が昭和二十年十一月二十三日以後の引上農地であること及び幼兒二名有ることは認めると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、原告の請求は之を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、訴外斎藤熊重が群馬郡白郷井村に居住する訴外生方惣作所有の別紙目録記載の農地を生方惣作より賃借小作していたこと、買收計画の樹立、その公告縱覧及び買收の実行と買收の時期に関する事実、買收計画樹立の当時原告が本件土地を耕作していたこと、斎藤熊重が遡及買收の請求をしたこと(その日時については爭がある)原告が昭和二十二年八月二十九日横野村農地委員会に対して買受の申込をしたこと、賣渡計画と之に対する異議並びに訴願に関する事実及び裁決の理由が原告主張の通りであることはいずれもこれを認める。横野村農地委員会が原告の小作人たることを認め、原告をして借地申告書を提出せしめたことは不知。その余の原告主張事実は否認する。地主生方惣作より昭和二十年十月頃小作人斎藤熊重に対し自作を理由として農地明渡の要求がなされたことは事実であるが、これに対し熊重は耕作継続を懇願したに拘わらず、惣作は追つて返事をするといつたのみで過ぎ、越えて昭和二十一年四月原告が本件農地の一部につき田植の準備を始めたので、熊重は將來の紛爭をおそれて不本意ながら当時耕作中であつた麦の刈取後明渡をしたのである。しかし、その当時における惣作の生活状態を見るに、自作を相当とするとは思われず、また、その後惣作が該農地に手入をした事実もなく、すべて原告において耕作していた事実であるから、この農地の引上は明らかに惣作の一方的行爲によるものである。仮りに、地主惣作と熊重間の小作契約の期間が三ケ年であり、昭和二十年九月三日に合意解約されたものとすれば、それは農地調整法第九條第二項違反の行爲であり、同條第六項の強行規定からして、合意の故を以て対抗し得ない、且つ、地主惣作は農地引上に際し横野村農地委員会の承認を受けておらず、前述引上後の実情よりしても正当な解約とは認められない。昭和二十二年三月当時本件土地は原告が耕作中であつたので、横野村農地委員会は自作農創設特別措置法第三條第一項第一号に該当する農地として買收計画を樹てたのであるが、その縱覧期間中斎藤熊重より口頭を以て遡及買收の請求があつた(期間経過後書面を以て請求があつた)ので、横野村農地委員会において三月十七日実情調査をした結果、該農地については地主、原告、遡及買收申請人の三者間に複雜な問題があることが判つたので、同月二十日開催(同委員会の会議録にはこの日時を昭和二十三年四月十一日と誤記されておる)の同委員会においては、いずれの事実にせよ該農地を不在地主が耕作しておらない点は間違ないのであるから、自作農創設特別措置法第三條第一項第一号該当農地として、一應これを買收するのが妥当である。たゞ、賣渡人については後日実情を詳細に調査した上賣渡計画を立てる際決定するとの附帶條件を付すべきであるということになり、この趣旨の買收を決定したのである。その後横野村農地委員会が事実を調査したところ、昭和二十一年春に於ける地主の土地引上は不当引上であり、且つ地主惣作は当初自作地または原告との共同耕作地であることを擬裝し、愈々買收不可避となるや、甥である原告に小作させたのであり、その小作関係も疑うべき点があつたところから、これは親族間において農地を温存する意図に基ずく行爲と認むべきであるということになり、ここに同委員会は昭和二十三年一月十日前記買收を遡及買收として、自作農創設特別措置法第十六條第一項同法施行令第十七條第一項第一号の要請する條件を備えた遡及買收申請人斎藤熊重に賣渡すことの計画を決定したものである。これは買收、賣渡の公正な運用を期した愼重な取扱でこそあれ、決して違法ではない。ゆえに、同委員会が賣渡計画に対する原告の異議申立を却下したのは相当であり、從つて、これに対する原告の訴願を棄却した被告の判決も亦違法ではない。原告は十数年間他村に居住しておつたもので、原告自身は昭和二十一年九月三日、その妻は同年十二月二十七日横野村に轉入している。しかも、現在原告は一町一反余(本件土地を含まず)を自作しているが、その大部分が昭和二十年十一月二十三日以後の引上農地であり、現在幼兒二名を抱え、その耕作状況も良好ではないと述べた。(立証省略)

四、理  由

訴外斎藤熊重が予て群馬郡白郷井村に居住する訴外生方惣作所有の別紙目録記載の農地を同人から賃借小作していたことは当事者間に爭なく、成立に爭なき甲第十号証の三、五及び証人藤川喜道(第一、二回)同岡田廣已の各証言に依れば、右斎藤熊重は昭和二十一年五月頃迄約三年間右土地を耕作していたことが明らかである。原告は、右斎藤熊重が昭和二十年九月三日に一旦右農地を生方惣作に返還したのであるが、生方惣作が他村に居住し監督の目が届かなかつたのを幸として、無断で麦を蒔きつけ、昭和二十一年五月頃麦の刈取まで耕作していたものであると主張し、被告は、斎藤熊重が昭和二十年十月頃生方惣作より自作を理由として農地明渡の要求を受けたけれども当時いずれとも解決せぬまゝに推移し、越えて昭和二十一年四月原告が本件農地の一部につき田植の準備を始めたので、斎藤熊重は將來の紛爭を恐れて不本意ながら当時耕作中であつた麦の刈取後土地を生方惣作に明渡したのであると主張するにより按ずるに、前認定の斎藤熊重が昭和二十一年五月頃迄本件土地を耕作していた事実と証人生方惣作の証言に依り眞正に成立したことを認め得る甲第一号証、証人斎藤太吉の証言に依り眞正に成立したことを認め得る甲第二、七号証、成立に爭なき甲第四号証、証人生方惣作、同斎藤太吉、同藤川喜道(第一、二回)同岡田廣巳の各証言及び原告本人尋問の結果を彼此綜合するときは、生方惣作はその長男二男が應召し手不足となつたので昭和十八年頃本件農地を斎藤熊重に賃貸し小作せしめたのであるが、昭和二十年終戰となり息子等も帰還することゝなつたので、同年九月中斎藤熊重にその由を告げ右土地を返還せられたき旨申入れたところ、斎藤熊重は之を承諾し当時農事実行組合長に耕作異動の申告をし、同組合長はその申告に基き同組合備付の耕作調査簿中本件土地についての斎藤熊重の耕作関係を抹消したのであるが、偶々生方惣作の家庭に病人が出來手不足の所より、斎藤熊重の申出により同人が今一度右土地に裏作することを承諾したので、前記の如く同人は昭和二十一年五月頃迄之を耕作することとなつたのであつて、その裏作を終えた後地主生方惣作に土地を返還したこと及び昭和二十一年秋原告は生方惣作と小作契約を締結しその後現在に至るまで本件土地を引続き耕作していることを認定し得る。原告の提出にかゝるその余の証拠に依つては未だ以て右認定を左右するに足りない。右認定の事実より考えると、生方惣作と斎藤熊重との間に賃貸借は合意解約に因り昭和二十一年五月頃終了したものと認めるのが正当である。その頃に於ては現行農地調整法第九條第五項の如き規定はなく、農地委員会の承認を受けなくとも農地賃貸借の合意解約は有効であつた。次に横野村農地委員会が別紙目録記載の農地につき、昭和二十二年三月六日不在地主の所有する小作地として買收計画を定め、翌七日より同月十六日迄十日間横野村役場に於て公告縱覧に供したこと、同月三十一日に開催せられた被告委員会に於て右買收計画が承認せられ、同日附を以て右土地は買收せられ、その買收の時期が昭和二十二年三月三十一日であること、原告が同年八月二十九日横野村農地委員会に対して買受の申込をしたこと、同委員会は昭和二十三年一月十日右買收農地を斎藤熊重に賣り渡す賣渡計画を定めたこと、原告はこれに対し同月十五日異議を申し立てたが、同委員会は同月二十二日これを却下したので、更に被告に対し同月二十九日訴願の申立をしたが、被告は同年二月二十七日棄却の裁決をしたこと、その裁決書が原告に同年四月七日送付されたこと及び裁決の理由が原告主張の通りであることはいずれも当事者間に爭がない。右買收計画が自作農創設特別措置法施行令附則第四十三條又は第四十五條(現行の自作農創設特別措置法第六條の二又は第六條の五)所定の所謂遡及買收としてその計画が樹立せられたものでないことは弁論の全趣旨から窺い得る所であり、又証人藤川喜道の第一回証言に依つても明らかな所である。而して買收の目的土地の小作人は原告であるとして右買收計画が樹立せられたことも亦同様に明らかなことである。斎藤熊重が横野村農地委員会に対して遡及買收の請求をしたことは爭がない(その日時については爭があるけれども、買收計画の縱覧期間中又はそれ以後であることは爭がない。)けれども、右遡及買收の請求に基ずき当初の買收計画が取消されたか若しくは変更せられた事跡の認むべきものがないから、当初の買收計画は終始その性質に変更がなかつたものと言わねばならぬ。從つて右買收計画に因つて買收せられた農地の賣渡を受くべき者は、賣渡計画の樹立せられた昭和二十三年一月当時の自作農創設特別措置法第十六條、同法施行令第十七條第一項第一号の規定に依り、買收の時期たる昭和二十二年三月三十一日に於て当該農地に就き耕作の業務を営む小作人たる原告を第一とする。成立に爭なき甲第十号証の二乃至八及び証人藤川喜道(第一、二回)同岡田廣巳の各証言に依れば、横野村農地委員会に於て、斎藤熊重のなした前記遡及買收の請求に対しては、一應不在地主生方惣作の所有する小作地として買收して置き、賣渡の相手方については後日事情を調査して決定するという決議をし、その後賣渡計画を樹立するに当り遡及買收請求人斎藤熊重に賣り渡すことと定めたことが認められる。そこで考えてみるに、いわゆる遡及買收と然らざる買收とでは、買收の手続が異なるのみでなく、賣渡の相手方も異つておるのである。それゆえ遡及買收でない買收計画に対し遡及買收の請求があつた場合、その買收計画を変更することなくそのまゝ買收を実行し、然る後遡及買收による賣渡の相手方を定めるというようなことは許されないものと解するのを相当とする。若し、買收計画に対し遡及買收の請求があつて、審査の結果遡及買收を爲すを正当とするに至つたならば、農地委員会としては、宜しく当初の買收計画を取り消し、別に遡及買收の計画を立てて、爾後の手続を進めるべきである。これが買收計画について異議の申立を認め、相当の修正を爲す機会を得て、買收の公正と妥当とを期待した法の趣旨である。然るに本件においては前記認定の如く、買收計画に対し斎藤熊重より遡及買收の請求がなされるや、横野村農地委員会はこれが裁断を後日の調査の結果にゆだねて当初の買收計画を実行し、その後遡及買收請求人斎藤熊重のために賣渡計画を立てるに至つたものであつて、明らかに前記異議申立の制度を理解しない結果の違法な処分である。要するに、横野村農地委員会が定めた本件農地の賣渡計画は買收計画に添わないもので違法であり、從つて、この点を看過し、該賣渡計画を認めて原告の訴願を棄却した被告の裁決も亦違法たるに帰するから、取消を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 奧田嘉治 黒沢信夫 石関武雄)

(目録省略)

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